第一話...『それぞれの道(4)

 今日はいつにもまして、夜空に浮かぶ金色の月は、大地を眩しいほど照らし出していた。
 首都プロンテラと違い、ここアルデバランの夜は静寂が街全体を多い尽くしていた。
 耳を澄ませば聞こえてくる水車の音と、流れる水の音。かすかな話し声が路地から聞こえてくるだけで、本当に静かな夜であった。
 そんな街並みを、シルフィーナは部屋の窓から眺めていた。
 シュレイが彼女のために宿を予約してくれたのだが、どうやらここも彼らの仲間が経営している所であるらしい。
 窓から入ってくる風が心地よく、どこか懐かしい。
 記憶の中にある村が、首都よりアルデバランの方が近いせいかもしれない。

「ふぅ……」

 ため息をつく。
 突然に様々な事があり過ぎて、気持ちの整理がつきそうになかった。
 ゆっくりと目を閉じると、今日の出来事が鮮明に浮かんでくる。



「……――――俺が欲しい情報は、ネフェル研究所についてだ」

 その言葉に、シルフィーナと亜璃珠は驚きを隠せない様子でほたかを見上げた。壁に瀬を預けて目を閉じていたシャンクは、微かに目を開けて彼を見据えた。

 不意に彼がシルフィーナの方へ向いたので、彼女は思わず視線を逸らしてしまう。

「悪いな、嬢ちゃん。俺もあそこについて知りたかったわけだ。
 あんたがあそこを"村"と話した時、何かがあると思った」
「い、いえ……。気にしてませんから」

 彼の言葉に対して彼女は俯きながら、せいぜい答えれたのはそれぐらいであった。

「研究所、ねぇ。俺らもまだきちんと解明出来ているわけではないんやけど……まぁ、何が知りたい?」

 シドがほたかを見据えるようにして、ゆっくりと質問し返す。

「黒衣の騎士について。奴が何者かを知りたい」

 ほたかの淡々と放つ言葉の端々に、微かな怒りを感じられた。

「黒衣の騎士……か。
 どういう理由【ワケ】があるかは知らないが、奴らに手を出すにはそれなりの覚悟は必要だぞ?」

 シュレイがシドに変わり口を開く。
 彼の言動から察するに、黒衣の騎士というのは複数存在し、そして何よりも危険な存在なのかもしれない。

「覚悟?
 覚悟など、あの日以来決まっている」

 彼と黒衣の騎士との間に何があったかはわからないが、よほどの事があったのだろう。その瞳に宿る光は、鋭いほどに悪い意味で輝きを放っていた。
 このまま行けば彼は人の道を踏み外しそうな、そんな予感をシルフィーナは抱いたが、ほたかに声をかける事すら出来なかった。

「何があったかは知らんが、そこまでの覚悟があるならいいやろう。
 知っている限りの情報では、ネフェル研究所は人体精錬が行われてた場所や」
「人体精錬?!
 ハッ、そいつらは神にでもなろうと思ってるの?」

 亜璃珠は小馬鹿にするような口調で言い放つ。
 シルフィーナは、話の続きを見守るしか出来なかった。

「神……か。いいねぇ、神様か」

 何が面白かったのか、不思議なほどにシドは肩を小刻みに震わせながら腹で笑った。
 そんな彼に向け、冷たい視線を亜璃珠は放つ。
 それに気づいたのか、『わかってる』というかのように手を前に掲げて、彼女の視線を制した。

「悪ぃ悪ぃ……。まぁ、神様の話は今は置いとこうや。
 研究所と<イクシオン>との繋がりはまだ実証出来てへんけど、十中八九間違いないやろうな。
 話の続きやけど、黒衣の騎士は人体精錬により創られた存在。目的とその数は不明やけど、恐ろしいほど強い」

 人体精錬、創られた存在。
 いったい何の話を聞いているのだろうか、そんな感覚にシルフィーナはとらわれる。

「ホムンクルス技術……とはまた別なの?」

 亜璃珠が素朴な疑問を聞いた。
 確かに錬金術は人工生命体を創り出す事を可能にする技術を持ち合わせている。
 ホムンクルス技術は、錬金術師ケルランスという人物が作り上げたものであるが、人々から人間が神の領域に踏み入れたと畏れられ、一時未完成のまま技術は凍結された。
 しかし、彼の没後、何者かの手によって技術は完成した。
 創られた新たな生命体として。

「基本的にはホムンクルスの技術を応用しているのだろう。
 ただ一つ違うのは……。材料が人間そのものだという事だ」

 シュレイの言葉に、皆が言葉を飲み込んだ。

「材料が……人間だと?」

 一言一言をかみ締めるように、シャンクは言葉を吐き捨てる。

「そんな許されねぇ行為が行われていただと?!」
「あぁ、それは紛れもなく実際に行われていた。
 そして、その舞台となっていたのがネフェル研究所だ」
「?!」

 ドクンッ。鼓動が一瞬高鳴ったかと思えば、脳裏にいつものあの光景が思い浮かぶ。
 紅く染まる世界。どこへ行っても様々なモノが焼けた臭いと熱気が覆う世界。
 そんな中で背を向けて佇む紅く染まった一人の少年。
 肩越しに振り向き、彼との視線が交わる。こちらの姿を確認した少年は、ゆっくりと身体全体をこちらへ向けた。
 その姿は後姿とは違い、どこか寂しく、どこか切ないイメージを持たせた。
 彼の口が微かに動き、何か言葉を発しようと――――……。

「シルフィ?」

 亜璃珠の呼ぶ声で、意識が呼び戻される。
 配そうな表情で彼女がシルフィーナの顔を覗き込んでいたので、慌てて首を振って「何でもないよ」と答えた。
 人体精錬の研究所……。もしかすれば、兄も人体精錬により創られた存在なのだろうかという嫌な思いが胸を過ぎった。
 それ以上に、彼が何を言ったのか、全然思い出せない。

(何か大切な事だった気がするのに……)

 何度考えた所で、やはり思い出せなかった。

「あそこは自然の要塞やからなぁ、なかなか手ぇ出せんのや」
「そうか……。
 なら、俺は一度首都へ戻ろう。無闇に歩き回るより、騎士団のが何か掴めるはずだ」

 そう言って、ほたかはシルフィーナに向き直る。

「悪いな、こんな形になっちまって」
「ううん、気にしないで。私の方こそ、何か凄い話に巻き込んじゃったみたいで……」

 彼の寂しそうな瞳が、どこか記憶の中の兄と被る。
 それ以上何も言えずに、俯いてしまう。
 ポンポンと二度、そんなシルフィーナの頭をほたかは軽く叩くと、見上げた彼女の顔を見て笑顔を見せる。

「うんじゃ、またな。 一足先に首都に戻るとするわ。
 お前らはどうするんだ?」
「んー、俺は報告したらもう一度ゲフェンに戻ろうと思う」

 シャンクが懐から取り出した数枚の紙を、ペラペラと振りながら答える。
 ゲフェンはここより南西の方角にある周囲を湖で囲まれた魔法都市で、あたり一帯には古代の遺跡が数多く在る事でも有名な場所である。

「遺跡調査、ってワケか」
「まぁな。音はどうする?」
「んー…、あたしはネフェルの……研究所だっけ?あの辺り一帯を調査してみるよ。
 確か、周辺に幾つかの集落あったはずだよね?」
「あぁ、あるはずやで。あの辺りを調査してくれるんやったら、俺らもその方が助かるわ。
 ……そやな、あの辺りに賞金首の情報を流しとこか。その方が詮索しやすいやろう」

「助かるわ」

 情報操作が出来るほどの力を持っているとすれば、国に匹敵するほどのものかもしれない。もしくは、国に幾つものパイプを作り上げているのだろうか……。
 そんな事を思いながら、シルフィーナは彼らの会話に耳を傾けていた。

「まっ、こんな所で油売ってても仕方ないし、早速行動するかな。
 シルフィはあたしと来る?」
「えっと……」
「彼女にはここにいてもらう」

 彼女の変わりに、シュレイが答えた。
 亜璃珠は手を顎に当て、少し考える仕草をする。

「追跡者【ストーカー】か……」
「まだ身元はハッキリしてないが、状況からして教団だろう。
 その目的がハッキリしない以上、あまり目立った行動はしない方がいい」

 シルフィーナが亜璃珠、ほたか、シャンクを順に見渡すと、皆は小さく頷く。

「わかりました。お世話になります――――……」



 シルフィーナは閉じていた目を、ゆっくりと開ける。
 あの会話の後、三人は各々の目的を達する為にシドの店を後にした。
 残された彼女はシュレイと共に店を出て、一軒の宿……ここ<儚き空>へ案内され一室を与えられた。
 質素な部屋ではあるが、どこか落ち着かせてくれる。
 久々のベットに、横になると簡単に夢の中へと落ちた。気がつけば日も暮れ、満天の星空が世界を包み込んでいた。
 夜でも賑やかな首都プロンテラと違い、アルデバランは微かな灯をともしているだけなので、星空がいっそう綺麗に見える。
 そんな街を、もう一度窓の外を眺めてみた。
 この星空の下、兄はどこかにいる。
 最初は兄を探すのが目的だったこの旅。気がつけば、何か大きな渦に巻き込まれていっている気がする。

「どこに、私は向かってるんだろ……」

 そう囁いたところで、答えをくれる誰かがいるわけではない。だけど、ふと大聖堂で出会った少年の事を思い出す。
 何故かまたどこか出会えるような、そんな感じがした。

「ん? あれってシュレイ……さん?」

 窓の外の路地を、シュレイがどこかに向かって歩いていった。
 シルフィーナは思わず部屋を飛び出し、彼の後をつける事にした。
 部屋を出て突き当たりにある階段を駆け下りると一階部分はフロント兼食堂になっているが、来た時と同じく閑散としていた。フロントのカウンター向こうで新聞を読んでいた男に外出を告げ、勢いよく外へと飛び出す。
 アルデバランは山間に在るせいか、夜風が思った以上に冷たい。
 慌てて飛び出したせいで、彼女の服装はかなり薄着に近かった。
 慎重に走りつつも、急いでシュレイが歩いていった方向へ向かう。
 宿屋の建っている路地を抜け、大通りへと出る。時計搭を中心にして周囲を覆う巨大な水路が青白い光を放ち、淡く輝いていた。
 巨大水路のほとりにはオープン式のカフェが何軒も並んでいるが、遅い時間帯なので営業している店は少なかった。日中には賑わいを見せる大通りも、夜はどこか寂しげな表情をしている。
 それでも、通りに並ぶ街頭や月の灯りと、建物から漏れる灯りはロマンチックは雰囲気を作り出していた。恋人と歩けば良い雰囲気になるのだろうが、あいにく自分にはそういった相手はいないと胸中で苦笑しつつ、シルフィーナはシュレイの影を追う。
 シュレイは不意に先の角を曲がったので、気付かれないよう角まで小走りで向かう。
 傍から見れば怪しげな人に思われそうなほど、コッソリと角から路地を覗き込む。
 実際彼女の横を通り過ぎていく人は不振そうな目で見ていたが、そんな事にはシルフィーナはいっさい気にしていないようであった。
 シュレイの後姿は、一軒の酒場へと入って行く。
 どうやら彼が曲がったこの通りは、酒場通りみたいな感じであった。
 そっと通りの中へと足を踏み入れ、酒場へと向かう。
 首都のような喧騒な雰囲気はなく、どちらかといえば大人っぽい雰囲気であった。
 彼が入った店の前までたどり着くと、一度扉越しに中を覗き込む。
 店員の女の子に案内されているような感じであったが、店内を見た感じでは中にはいれば必ず見つかってしまう席の配置であった。
 ドンッと突然後ろから肩をぶつけらて思わず前へ倒れそうになるが、倒れる前に誰かによって支えられる。
 店員と彼のあとを目で追っていく。

「あ、あれは……?!」

 案内された先の円形テーブルに座っていたのは、たった一度だけ大聖堂で見た事のある顔であった。

(ネスカフェル大佐……。何故シュレイさんと……?)

 ネスカフェルの地位は大佐であるが、彼が軍属であることはほとんど知られていない。ましてや顔も知られていなければ、その名前すらも大佐としては知られていないそんな人物である。
 何故そういう人物であるかどうかはシルフィーナにはわからないが、ごく一部の人間しか彼の素性を知るものはいない。
 一般的に知られている彼は、銀狼の館に住む貴族ネスカフェル=ウォンスルという顔だ。
 彼女が彼の素性を知っているのは、仕事で大聖堂の三階に上がった時に偶然に聞いてしまったからである。
 向こうは知られているなど、気付いてはいないが……。
 内通者【スパイ】――――……?
 不意にそんな事が脳裏を過ぎる。
 だが、シュレイが彼を軍属であるという事を知らない可能性もある。
 ここからで話し声は聞こえないし、中に入って行くわけにもいかない。

「うーん……どうしよ」

 気にはなるがこれ以上どうする事は出来ないし、店に迷惑をかけるわけにもいかないのでその場を離れることにした。
 路地から大通りへと出て、水路を囲むフェンスへと身体を預け、空を見上げた。
 空を仰ぐと、真っ先に兄を思い出す。
 星が、綺麗だった。

「お兄ちゃんも、この空を眺めているのかなぁ……。
 ……寒っ」

 長時間外に居て身体が冷えてきたので、自分自身を抱くようにして両腕を回し腕をさする。

「宿に戻ろ、っと」

 身を縮めながら来た道を歩き出そうとした時、ドンッと路地から出て来た人と肩がぶつかってしまう。

「あ、す……すいません」

 と、言いながら相手の顔を見ようとしたその時、意識が突然朦朧とし出す。その場に立っている事さえ困難なほど足元がふらつき、緩急をつけた頭痛が襲ってくる。
 何かに?まらなければと思い、無我夢中で手を出しそうとしたその瞬間、視界が一瞬にして真っ暗になり、意識が闇の中へと落ちていった。



「……炭鉱……巣が発見さ……しいな」
「これで何……だ。もしかし……ルニール山脈全体が、すでに魔物の……ててるんじゃ」

 どこかで声がするが、視界が真っ暗で何も見えない……。
 意識はぼんやりとあるが、身体そのものの感覚がない気がする……。
 次第に視界が明るくなる……。
 どうやら酒場のような場所にいるみたいである……。
 目の前に知らない男が座っていて、テーブルには酒や料理が並べられている……。

「もう何人犠牲になったのやら」

 目の前の男が話しかけてくる……。
 彼は、『私』に話しかけているのだろうか……?

「雇った傭兵も大して役にはたたんみたいだしな。
 まぁ、俺らが雇えるランクはかなり低いが……」

 『私』が男に返事を返す……。
 手が目の前に置いてあった麦酒の入ったジョッキを取り口へと運び、喉へ流し込む……。
 どうやら、これは『私』ではないらしい……。
 これは夢なのだろうか……。
 目の前に座る男の後ろに、どこかで見覚えのある後ろ姿がある……。

「国もそろそろ動くと思うが、あちらさんはどう動いてくれるかだな」
「期待は出来んだろうな」

 『私』の意志には関係なく、二人の会話は続く……。
 聴いていると、どうやらここ最近ミョルニール山脈にある炭鉱が、魔物の巣と化しているらしい……。

「こちらになります」

 女の声が聞こえ、『私』は視線をそちらへ移す……。
 女性店員が、客を案内していた……。
 あれは、シュレイさん……?
 視界にシュレイの姿が映るがやはり『私』の意志と関係なく、視線は目の前に座る男へと移る……。
 視界の端に、シュレイの姿が映る……。

「久しいな、ヴァン。
 いや、今はクロノだったか」

 ――――……?!
 『私』の意志が激しく同様する……。
 シュレイがゆっくりとその仮面を外し、テーブルへと置く……。
 記憶の中にある『私』の兄そのものだった……。

「最後に会ったのはいつだったか」
「さぁな」
「お前が脱走して以来だから、もう何百年も前の話か」
 彼らが何を言っているのか、理解できなかった……。
「もうそんなになるのか――――……」
「お前、これからどうするよ?」

 会話が切れていたが、突然『私』が話し出したので、向こうの会話が聞き取れなくなる……。

「悩んではいるさ。命は欲しいが、仕事を辞めちまうと生活が出来なくなるしな」

 目の前に座る男は、苦笑を顔に浮かべて肩をすくめる……。
 『私』もどうやら彼につられ苦笑いを浮かべているようだ……。
 それからどうやらプライベートについて二人は話し出した……。
 時折訪れる沈黙の間に向こうの会話が聴こえたりするが、途切れ途切れで全然内容が掴めない……。

「じゃぁ、行くか」
「そうだな」

 『私』の一言で二人は腰を上げ、『私』はポケットから食事代を取り出してテーブルの上へと置く……。
 男が払おうとしたが『私』は片手で彼のその行動を断り、出口へと向かう……。
 彼らのテーブルを通り過ぎようとした時、何気にシュレイと相席していた男と視線が合う……。
 やはりというべきか、そこに座っていたのはネスカフェルであった……。
 彼の視線は『私』はなく、意識しかない私を見据えているかのように、ずっとこちらを見ていた……。
 そんな彼の視線に気にする事なく、『私』は男と一緒に外へと出る……。

「ありがとうございました!」

 女性店員の威勢のいい声が後ろから響き渡る……。
 二人は他愛もない話で盛り上がりながら、路地から大通りへと出る……。
 ドンッと何かが腕の辺りにあたったので、視線をそちらに落としてみる……。

「あ、す……すいません」

 女の子が慌てて、こちらを見ずに頭を下げて謝る……。
 ゆっくりと彼女が顔を上げて、こちらを見る……。
 私――――……?!
 ぶつかって来たのは、シルフィーナであった……。
 が、不意に彼女がふらついてその場に倒れそうになる……。
 『私』は慌てて彼女の細い腕を掴み、倒れるのだけはとめる事が出来た……。

「おい、大丈夫か?!」

 『私』の声に、彼女は反応しない……。

「病院に連れてった方がよくないか?」

 男が横から声を掛ける……。

「そうだな、緊急で入れるところもあるだろう」

 『私』は男の意見を取り入れ、彼女を担ごうとした……。

「私が診よう」

 突然声を掛けられ振り向くと、そこにネスカフェルとシュレイが立っていた……。
 やはり彼の視線は、私を見ているような気がする……。

「じゃぁ、あんたに任せるよ」

 『私』はそういうと、彼女の身体を隣に屈んだネスカフェルに預ける……。
 彼の後姿を横目で見ながら、『私』と男はその場を去るため歩き出す……。
 そして、再び意識が闇の中へと沈んでいく……。



「ん……」

 窓から差し込む光の眩しさに、すぐには目を開ける事が出来なかった。
 手で両目を覆いながら、ゆっくりと目を開ける。
 どうやらここはシュレイが案内してくれた宿の部屋であった。

「夢……?」

 そう口に出して、ゆっくりと身体を起こす。
 寝ぼけた頭をポリポリと掻いて改めて辺りを見渡すが、紛れもなくここは宿の部屋であった。
 ここで悩んでいても仕方ないのでベットから出て、据え付けられている鏡台の前へと座る。ボサボサの髪をほぐし呆けた自分の顔を見ながら、夢の内容を思い出して考え直す。
 どこから夢で、どこからが現実だったのだろうか……。
 シュレイの後を追い、宿を飛び出したところから?
 それとも、通りで倒れたところから?
 あまりにも境界線があやふやなのにもかかわらず、その内容は鮮明に思い出せる。
 そして、何より……。

「シュレイさんが……お兄ちゃん?」

 鏡の中の自分へと、問いかける。当たり前だが、答えは返ってこない。
 身支度を終え、部屋を出る。
 一階へ降りると、小さなフロアに据え付けられているテーブルにシュレイと知らない男が座っていた。
 男の方が、シルフィーナの姿に気付く。

「よぅ、嬢ちゃん。
 よく寝れたかね?」
「あ、えぇ。久々のベットに寝れて気持ちよかったです」

 思い返せばここ数日は野宿ばかりだった事を思い出した。
 彼女は二人の傍へと歩み寄る。
 自然とシュレイを意識してしまい、視線を彼に向ける事が出来なかった。

「こいつは、ここの宿をしているフォルツ」
「フォルツ=レベントってんだ、よろしくな」

 朝から凄いテンションだなぁと思いつつ、差し出された手を握って握手を交わす。

「シルフィーナ=クラフトです。こちらこそよろしくお願いします」
「これからゲフェンに向けて出発する」
「ゲフェンに?」

 ここからゲフェンに向かうには、もう一度ミョルニール山脈を越えないといけない。
 確かシャンクが向かったのもゲフェンだったはずである。
 しかし、シャンクからの情報でない事は確かであった。あれからすぐに向かったとしても、どんなに急いでもまだシュバルツバルト側のミョルニール山脈麓辺りだろう。

「最近噂になっているのだが、ミョルニール山脈の各炭鉱が魔物の巣と化しているらしい」

 彼の言葉に、シルフィーナの鼓動が微かに高鳴る。

(やはりあれは夢じゃない。現実……?)

「ゲフェンに近い鉱山の一つに、廃鉱になった場所がある。

 調査隊も入って確認したらしいが、何も見つけれなかったらしい」

「じゃ……行っても意味がないんじゃないんですか?」

 言葉を返すが、やはり目線を向ける事は出来ない。

「まぁ、ある筋から情報が入ってね。
 探しているモノがそこにあるかもしれない」
「探しているモノ?」
「あぁ、まだ説明していなかったな。
 今この土地で噂になっているモノがあるな」
「噂……?」

 噂といっても大小様々なものがある。
 彼が一体何を言いたいのか、まったく検討がつかなかった。

「この大地のバランスを保っていると云われる"ユミルの爪角"こそ、俺達の目的だ」

 そう言い放ったシュレイを、シルフィーナは思わず真正面から見据えてしまう。

 

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To be continued......